インターンと3度目の石巻へ(その1)
2011/08/14
8月10日~13日、大学生インターン4名と宮城県石巻市に行って来ました。
といっても、10日21時京都発の夜行バスで出発して
13日7時京都着の夜行バスで戻ってきたので、バタバタでした。
京都からバスで12時間揺られて、11日の朝に仙台着
すぐにレンタカーを借りて、さらに2時間走って石巻市へ
車窓からチラチラと津波の被害は見えていましたが
川口がどうしても見て欲しかった保育園にインターンを連れて行きました。

この保育園は正面から津波の被害を受けました。(5月22日川口撮影)

くっきりと天井近くまで津波の跡が残っていました。
お誕生日おめでとう!のメッセージが切ない。(5月22日川口撮影)

そして今回初めて訪れたインターン、厳しい現実に絶句。
今回は川口が12年前スタッフをしていたNGOピースボートにお世話になりました。
災害救援基地で荷物をおろして、すぐに着替えて支援活動に
これからが大変なので、まだ穏やかな表情です。

そして向かった先はお墓

海岸線からは約800m離れていますが
津波でほぼ墓石は倒れ、いろいろなものが散乱しています。
このお墓を奇麗にしていきます。

炎天下、お墓の間に流れ込んだ土、石、鉄、紙、車の破片などを取り除きます。

くまのプーさんのぬいぐるみ、消防車のおもちゃ、パソコンのキーボード

結婚披露宴の式次第、教科書、トイレットペーパー、サッカーボール

いろんなものが流されていました。インターン黙々と頑張っていました。
震災から5カ月目の午後2時46分、作業を中断して黙祷
黙祷しながら、ほんの5ヶ月と1分前は、石巻には普通の日常があり
暮しがあり、様々な音や歓声、笑い声があっんだろうと想像しました。
今は、まだまだ残る瓦礫、そして重機が動く音と時々通る車のエンジン音が響く
作業終了後、壊滅的な被害を受けた女川町へ
町全体が津波に飲み込まれた惨状が今も広がっていました
瓦礫の撤去は着実に進んでいるものの
町の再生には程遠い感じです。
港は地盤沈下により岸壁と海面がほぼ同じ高さで
船が係留できない状況でした。





